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京都地方裁判所 昭和34年(レ)41号 判決

控訴人 藤波高

被控訴人 大道哲

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金六二、七四五円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを六分し、その一を被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は本件控訴状の控訴人の住所は架空のものを記載しており、かかる控訴状による控訴は不適法として却下さるべきである予備的に本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否等の関係は、原判決における事実摘示のとおりであるので、これをここに引用する。

理由

先づ本案前の抗弁について判断する。

本件控訴は被控訴人の主張によれば、控訴状に記載された控訴人の住所が架空のものであるから不適法な控訴として却下さるべきである、というのであるが、控訴状に当事者の住所を記載することは民事訴訟法上(第三六八条第二四四条)の要請するところではあるが、それは当事者を特定し且つ、訴訟手続上の書類等の送達の可能な場所を明記せしめる必要上規定されたものであると解せられるから、控訴状に記載する当事者の住所は必ずしも、現実に住民登録のなされているところの住所のみを記載しなければならないわけのものではないといわなければならない。そうすると、仮に被控訴人主張の如く、控訴人の住所が虚偽のものであつたとしても、それのみをもつて直ちに本件控訴を不適法ならしめるものではないから、被控訴人の控訴却下の抗弁は理由がない。

次に本案について判断する。

被控訴人主張の本訴請求の原因事実は全部当事者間に争がないそこで控訴人主張の相殺の抗弁について判断すると、原審証人木本寿枝夫の証言によつて成立を認められる乙第一号証の一ないし三、原審証人谷口栄太郎の証言によつて成立の認められる同第二号証並びに右各証言及び原審における控訴本人尋問の結果を総合すると、昭和三〇年七月頃被控訴人の主張する控訴人の賃借していた家屋(以下単に本件家屋という)の屋根瓦が、風が吹くと落ちて危険な状態になり、垂木も腐つて取りかえる必要があつたので控訴人は、その頃、訴外木本寿枝夫に依頼してその修繕費として同訴外人に合計四七、〇〇〇円を支払つたが、これには、本件家屋以外に控訴人方の修繕費も含まれており、本件家屋だけの修繕費は金一〇、〇〇〇円であること。及び、控訴人は、昭和三一年三月訴外谷口栄太郎に依頼して、本件家屋の配線の被覆がとれて裸線になり、シヨートして漏電する危険があつたので、金三、三一〇円を費して配線を修理する工事をしたこと。が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、控訴人の各支払はいずれも、必要費の支出であり、その金額は合計金一三、三一〇円となる。

しかして、控訴人の右必要費の支出はいずれも、被控訴人との本件家屋に対する賃貸借契約が解除された日(昭和二九年八月一三日)以後のものであるから、民法第一九六条第一項本文により控訴人は本件家屋の占有者の支出した必要費として、前段認定の金一三、三一〇円につき、被控訴人に対して償還請求権を有することとなる。

そして、民法第一九六条第一項但書には「占有者ガ果実ヲ取得シタル場合ニ於テハ通常ノ必要費ハソノ負担ニ帰ス」るとして、通常の必要費は果実を取得した占有者負担となり、費用償還請求権がないことが明規されているが、現行民法の認める果実とは、その規定が明かにしている天然果実と法定果実との二のみに帰せしめられる。けれども物の使用により収取される収益利得も亦広義の果実として解せられるべきであり、(大判、大正一四年一月二〇日民二判決、民集四巻一頁)、これを本件にあてはめてみると、控訴人が賃貸借契約解除後もなお本件家屋を継続して使用することによつて得た利益、即ち、被控訴人の側から観察すれば該建物を他に賃貸し、その賃料として収取し得べき筈の利得は控訴人が善意である場合に限り、これを取得しうるから被控訴人に返還する義務はないが、昭和二九年八月一三日、控訴人、被控訴人間の賃貸借契約は適法に解除されているから、右解除により賃借権(本権)を失つた控訴人はその時から悪意となつたものであるから、控訴人には果実の収取権がなく、しかも被控訴人が、本来得べかりし賃料相当の損害金(これは前段認定の控訴人の収益利得に相当する)の支払を求めない場合は格別として本訴において、その支払を求める以上、控訴人において果実を取得したことにはならないといわなければならない。もし、そうでないとすると、家屋所有者(被控訴人)はそれが不法占拠されたことによつて通常被むる家賃相当額の損害賠償のほか、不法占拠者(控訴人・悪意の占有者)が右家屋保存のために必要費を支出して修理をなしたことによつて、かえつて利得するという不当な結果を招く半面、不法行為者(悪意の占有者、控訴人)は家賃相当額の損害賠償の責に任ずるほか、なお、その損害賠償した家屋に支出した必要費の償還請求をも有しないという不均衡な結果を生ずるからである。

控訴人は前段認定のとおり被控訴人に対して金一三、三一〇円の限度で、必要費償還請求権を有するものと解すべきである。

そうすると控訴人の右必要費償還請求権と未払賃料債務との相殺の主張は正当であつて、その効力は双方の債務が相殺適状にあつたとみとめられる昭和三二年六月末に遡つて対等額につき効力を生じ、控訴人はこれにより反対債権(前段認定の金一三、三一〇円の必要費償還請求権)と同額の債務を免れたものといわなければならない。なお、被控訴人の求める未払賃料額は、昭和二二年九月一日から本件賃貸借契約が解除された同二九年八月一三日迄、公定賃料によつて計算した合計金三八、九四四円(別紙第一目録記載のとおり)であることは控訴人の自ら認めるところであるから、結局未払賃料債務の残額は二五、六三四円となり、更に昭和二九年八月一四日(本件家屋の賃貸借契約解除の翌日)から控訴人が本件家屋を明渡した同三二年六月末日迄の公定賃料相当の損害金合計金三七、一一一円(別紙第二目録記載のとおり)であることも控訴人の認めて争わないところであるから、被控訴人の本訴請求は右合計金六二、七四五円の限度において、正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

以上の次第で当裁判所の判断は原審のそれと一部符合しないものがあり、本件控訴は一部理由があるからして、原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 平田孝 大西リヨ子)

第一目録(賃料の分)表〈省略〉

第二目録(損害金の分)表〈省略〉

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